ふるさと短信 04.08.26

        
            

日本百名山制覇十二年かけて達成。
北見市高栄東町の小用イツさん(六十才)は多く
の登山者の夢、日本百名山を十二年がかりで
達成した。八月十五日百番目となる八ケ岳の赤
岳山頂に立った小田さんは、「百の山から百の
喜びをもらった」と達成の余韻にひたっていた。

全国玉ねぎサミットIN・KITAMIが全国
一の生産地、北見市で開かれた。国内主要生産地
の生産者、加工、流通業、消費者らが集結「未来
へ翔け国産玉ねぎ」をメインテーマに消費拡大を模索
する活発な議論を展開した。
●北見柏陽高校開校八十周年
北見柏陽高校は大正十二年野付牛町立女子職業
学校として開校、八十周年を迎えた。生徒、教員、
父母、卒業生らが一堂に会し紀念式典、祝賀会で
節目を祝った。
         
            

オジロワシ北見に営巣
海の猛禽内陸に進出か。国の天然紀念物オジロワ
シが、北見市南部で営巣していることが分かった。
オジロワシは極東ロシアに広く生息する大型の猛禽で、
国内での繁殖はなく、北見のような十一万都市で
の営巣は例がない。今後営巣をいかにサポートする
かが地域の課題となっている。
●地震による液化現象、端野で世界初の事例
東京大学の名誉教授で地震による液状化の世界的
権威、石原博士が五日端野町を視察した。先の十勝
沖地凝で畑に液状化現象が発生、表土がそのまま
残り、地下の火山灰だけが噴出した珍しいケースだっ
たため石原博士が現地でそれを確認。「世界では初
めての事例」とし、今後の研究のテーマになると話して
いた。
   
      

●眠れる市民の財産、財力の象徴?「馬車」
北見文化センターの収蔵庫に約二十万点の収蔵品
が眠っている。その中の一点に馬車がある。車輪
は当然木製だが外周にゴム質のタイヤのようなもの
が取り巻き、石畳の上でも静かに動いたらしい。六
十年ほど前に使われたものと推定、牧場主の足と
して街の中を闊歩、当時は結婚式にも使われ、新
郎新婦を菊の御紋の入ったこの馬車で迎えに行
く、結婚式の演出にも使われたという。
ピアソン氏の世界一の資料館をめざして!
ピアソン記念館を管理運営するNPO法人ピアソ
ン会(水津仁郎理事長)は、新たに収集したピア
ソン氏の来日前に関する資料などを公開してい
る。大学時代の写真や報告書など、一昨年渡米し、
氏が卒業したプリンストン大学を訪れて大学に依
頼し全ての資料を複製、写真も手に入れた。いず
れも貴重な資料ばかり、収集に努めた同館では
「ピアソン氏に関する世界一の資料館をめざした
い」と話している。
       
         

二本のカシワをそのままに、青葉通りの工事
進む。北見の保存樹木に指定されている二本のカシワ
を切らずに整備が進められてきた青葉通りの工事が
進み外観が現れてきた。東側の一本は中央分離帯の
中、西側の一本は歩道に位置するように配置され、二
十メートルの巨木が市街地を見下ろすようにそびえ立っ
ている。完成は十六年二月末。

●北見小町川はオアシス。カモ100羽集う北見
市を流れる小町川に100羽ものカモが訪れるよう
になった。流域の町内会が川の浄化を始めて五
年、ゴミが大量にあった川が今は水草ときれいな
流れに戻った。川を大切にする周囲の人達の思
いがカモたちにも通じたのか、小町川はカモのオアシス
になっている。
●羽ばたく北見工業大学、総合研究棟完成
北見工業大学は独立行政法人化され大きな転換期を
迎える。その中心になるのが昨年完成した総合研究棟
だ。サテライト・ベンチャービジネスラボラトリ-と未利用エネルギ-研究
センタ-があり、地域貰献の大きなシンボルになる。
北見市の木と花が制定されて二十五年
昭和五十四年四月北見市の人口が十万人達成を記念して
木はオンコ、花は菊に制定されて二十五年になる。

北海道通産、北見市ピアソン記念館
雪の中にひっそりたたずむピアソン紀念館、北海道遺産に
指定されて二年目の冬だが、今年はピアソン邸建設九十
周年の節目を迎え、ピアソン会のメンバーが常駐する初めて
の冬でもある。新たな展示物や暖房も完備され会員の
ガイドと共に歴史の散策を写真で詳解する。
              



風雪被害で市民生活まひ
一月十四日からオホーツク地域を襲った風雪は十六日
午前中に北見市での降り始めてからの積雪が171
センチ、瞬間風速二十八メートル、網走地方気象台観測
史上最高となった。鉄道、道路の交通網はまひ、除雪
も太刀打ちできず街は雪に埋もれた。
       
          

●北見市内のマリンバ演事者、今村友子さん
が中国の北京楽器楽会マリンバ分合の会長から招待を
受け、一月二日に北京と瀋陽で配念演奏会を開いた。
マリンバを通じ日・中の文化交流は二十五年になるが「さ
らなる交流を深めたい」と今村さんは語っていた。

昭和二十四年十月創刊の北見新聞見つかる
北見新聞が市立北見図書館に保管されているのを発
見した。それによると三十一年に発行予定だった「幻の
北見市史」の構想の全容が明らかとなる記事など、市
の記録に残されていない貴重な資料もあることが分か
った。

北見商工会議所会頭、鴨下公一氏(五十九才)
急逝
。鴨下氏は「大好きな北見」のためリーダー
シップを発揮し中心市街地活性化、産、学、官の
連携などの推進をめざし二年余り手腕をふるった
が三月二日帰らぬ人となった。地元経済界はじめ
多くの市民に驚きと悲しみをもたらした。

●北見市、北見観光協会は有名人などを「きたみ
観光大使
!?」に。コンベンションシティ北見推進
協議会は、北見とゆかりの深いタレントなどに
「北見観光大使」を委託する。北見市の魅力を全
国に発信してもらうことによる観光客誘致がねら
い。「北見は道東観光の拠点に最適とPRしてほ
しい」と期待を寄せている。
「北海道遺産」第二回の一次候補決まる
豊かな自然、人々の歴史、文化など掛け替えのない財
産を次世代に引き縦ぐ「北海道遺産」。第二回選定の一
次候補で管内から三十二件が残った。この中にハッカ記
念館が入っている。
          
          

●「北見の三浦雄一郎」越智亀一さんアルプスを
滑降
。還暦の手前でスキーを始めた越智亀一さん
(七十七才)は昨年、アルプス山脈モンブラン山
系の大氷河バレーブランシユでの滑降を成し遂げ
た。今シーズンはオーストリアで富士山より高い
山でのスキ-を楽しんでスキー三昧の日々、「ス
キーは私の青春です」と言い、周囲から「北見の
三浦雄一郎」とたたえられている。
      

ホワイトベリ-大好きな北見で解散ライフ
北見出身のロックバンド「Whiteberry」が三月三十一日、
地元北見で最後のライブを行い解散した。十年前小学
校3・4年生でバンドを結成しプロデビユ-紅白にも出場し
全国に北見出身をアピールした。ラストライブの地はやはり
大好きな北見だった。
●気象と市場を相手にねぎ戦線が定植を開始
二年前の産地廃棄、昨年の干ばつ、米国BSEに
よる消費低迷の逆風から、今年は追い風の年へ転
換しようと北見市の玉ねぎ農家では極早生品種が
畑への定植が始まり、2004年産の玉ねぎ戦線
が始まっている。

ハッカの蒸留実演スタ-ト
北見市南伸町の薄荷蒸留館でハッカの蒸留実演が
スタートした。道外からのツアー客を含め多くの観光客で
脹わった。観光客らはハッカ油が菓子に、結晶は医薬
品やタバコに使用されること、又当時は結晶ができに
くい西洋ハッカに比べ北見ハッカの需要が高かったこと
などの説明を受け、かつての北見に思いを馳せてい
た。
      
     

●野付牛町の初代町長・前田駒次朗の肖
像画を北見市に
。足寄町で美術業を営む稲垣
輝彦さんが、五月七日、野付牛町(現北見市) の初
代町長を務めた前田駒次朗氏の肖像画を北見市に
寄席した。肖像画は輝彦さんの父親明大(あきひろ)
さんが絹の掛け軸に墨の粉で描いた作品、市役所
を訪れた輝彦さんは「市に寄贈することは父の遺志
と思う」と述べ神田市長に手渡した。
    
      

走った走った四十万キロ
四十万キロを走ってもぴんぴんしている車がある。(株)
オホーツク大地(笹川和廣社長)の営業に使っている車、
同社には三十万キロ超、二十万キロ超の車が三割もあ
る。北見から全道をエリアに遠くまで二十一人の社員は
走る。「故障はありません。どのメーカ-の車も何時も健
康」と笹川社長。毎月十八項目の点検を実施。自分の
担当する車とは違う車をチェックし甘えを許さない徹底
ぶり、同社のモットーは環境保全と社長は言っている。

井上伝蔵の三男井上郁雄さんのスケッチ見
つかる
。北見市の市史編さん室は秩父事件の首謀
者、井上伝蔵の三男井上郁雄さんが大正十三年に野
付牛町(現北見市)内の風景などを措いたスケッチブックの
コピ-を入手した。ピアソン夫妻の私邸付近、郁雄さんが通
学していた西小学校の校舎など全部で四十八枚の作
品集。同事務室は「伝蔵が亡くなった大正七年以降の
当時の町の様子を知ることが出来る貴重な資料と話し
ている。

      

八十年前の「三柏のもり」再現
空から見たような表現で地図を描く佐藤元治郎さ
ん(北見市とん田東町)約八十年前「三柏のもり」
と呼ばれた高台でピアソン夫妻が見た北見の風景、
夕焼けが気に入り住宅を建てた場所を絵で再現し
た。夕陽と三本の柏がどうだったか、当時を知る人
の記憶、及び資料を集め空から見た感覚で「可能
な限り忠実に再現、描きました」と佐藤さん。近くピ
アソン会に寄贈すると言う。